博士前期課程から続けてきた人工市場シミュレーションの研究をまとめた論文が
投稿していた英文雑誌に採択されたと事務局から連絡を受けました.
投稿したのが昨年10月でしたから,丸1年かかっての採択となります.
ですが,論文自体を書き始めたのは投稿よりも半年以上前になりますから,
もっともっと時間がかかっていることになります.そういえば論文合宿もはりましたっけ.
論文合宿は昨年5月に福井で行いましたが,総括には「今月中に投稿する」と書かれています.
実際にはそこから5ヶ月かかっているので,行程が大幅に遅れ気味だったことを反省します.
学術雑誌に投稿することも英語で本格的な論文を書くのも初めての経験だったので,
ある程度の時間がかかるのは必然なのかもしれませんが,日本語に比べて書き上げようという
気持ちを維持し続けるのが難しかったです.単に論文を出版するというだけなら日本語のほうが
圧倒的に早いわけで,おそらく査読結果への対応もすんなりとこなせることでしょう.
ただ,書き上げた自分の論文を多くの研究者に読んでもらうためには英語でなくてはなりません.
イタリアに来て自分の研究を説明したときに,論文はないのか?と聞かれることがままあります.
そんなときに日本語ならあるけど...などと言うと,とたんに食いつきが悪くなったりもします.
業績の積み上げも大切ですが,やはり書いたからには読んでもらわないと意味がありません.
書かなくてはならないというモチベーションだけではなく,海外にいるである多くの読者が
自分の研究論文を読んで刺激され,またフィードバックをくれるというシーンを想像してみると,
執筆のモチベーションも上がるのではないかと,こっちに来てから思った次第です.
至極当たり前の話なのかもしれませんが,そんなことをイタリアに来て再認識させられました.
とはいえ,まだ出版ではなく採録決定なので,英文校正など出版へ向けた作業も残っています.
最後まで気を緩めず,なるべく早く皆さまのもとへ論文を届けられるよう努力したいと思います.
2010年10月10日日曜日
2010年10月9日土曜日
市庁舎+ドナウ川
ウィーン最終日.ホテルに荷物を預けてこの日もお昼まで市内を観光.

19世紀に建てられたネオゴシック様式のウィーンの新市庁舎.
高さ60mの4つの塔と98mの中央塔が目をひきます.

100年以上前に建築されたものに「新」はないだろうというのがわれわれの感覚ですが,
こちらでは1世紀前のものは,まだ新しいものという感覚なんですね.

新市庁舎からヴォティーフ教会を遠くに望む.

新市庁舎の前に建つのがイタリアンルネッサンス様式のブルク劇場.
マリア・テレジアが1741年に建てたものですが,
現在の建物は,戦災に遭い1955年に復興したものらしいです.

ギリシア古典様式の国会議事堂.正面に女神アテナ像の噴水.
ここで叔父はクリムトの画がみたいということで,レオポルト美術館へ.
母親はかつて城壁があったリンクという場所を走っている
市電に乗って一周したいということで,私もそちらに便乗することにしました.

かつては乗り継ぎなしでリンクを一周する市電があったそうですが,
数年前に廃止されたらしく,一周するためには乗り継ぎが必要です.
市電からはウィーンの主だった街の顔を眺めることができます.
行き損なったヨハン・シュトラウス像も市電の窓から眺めることができました.

一周したところでまだ時間があったので,私だけひとりで市電に乗ってドナウ川を観に行くことに.
でもこれが予想以上に時間がかかりました.ドナウ川はリンクから
ちょっとだけ離れているかと思いきや,意外と遠かったのです.
ドナウ川は難なく見ることができたのですが,そこから市街へ戻るのに結構時間がかかりました.

出費を覚悟で初めてDoCoMoの携帯を使って約束の時間より遅れる旨を連絡.
結果,リンクをグルグルと二周もすることになってしまいましたが,
オペラ座で待ち合わせて無事に会うことができました(写真はオペラ座前の通り).
夕方の便で再びウィーンからミラノへ逆戻り.実は明日から各々がバラバラの行動を
とることになっていたので,母親と叔父とはマルペンサ空港でお別れすることに.
母親と叔父は,本日はミラノで宿泊しますが,母親は翌日からスイスへ向かい,
叔父はミラノを観光してからジェノバへと向かうとのこと.私はひとりバスでトリノへ帰宅.
また3日後にふたりがトリノへ戻ってこられるかどうか不安でたまらなかったのですが,
旅の疲れからか翌日になっても目覚めることなく,ひたすら寝続けるのでありました.
19世紀に建てられたネオゴシック様式のウィーンの新市庁舎.
高さ60mの4つの塔と98mの中央塔が目をひきます.
100年以上前に建築されたものに「新」はないだろうというのがわれわれの感覚ですが,
こちらでは1世紀前のものは,まだ新しいものという感覚なんですね.
新市庁舎からヴォティーフ教会を遠くに望む.
新市庁舎の前に建つのがイタリアンルネッサンス様式のブルク劇場.
マリア・テレジアが1741年に建てたものですが,
現在の建物は,戦災に遭い1955年に復興したものらしいです.
ギリシア古典様式の国会議事堂.正面に女神アテナ像の噴水.
ここで叔父はクリムトの画がみたいということで,レオポルト美術館へ.
母親はかつて城壁があったリンクという場所を走っている
市電に乗って一周したいということで,私もそちらに便乗することにしました.
かつては乗り継ぎなしでリンクを一周する市電があったそうですが,
数年前に廃止されたらしく,一周するためには乗り継ぎが必要です.
市電からはウィーンの主だった街の顔を眺めることができます.
行き損なったヨハン・シュトラウス像も市電の窓から眺めることができました.
一周したところでまだ時間があったので,私だけひとりで市電に乗ってドナウ川を観に行くことに.
でもこれが予想以上に時間がかかりました.ドナウ川はリンクから
ちょっとだけ離れているかと思いきや,意外と遠かったのです.
ドナウ川は難なく見ることができたのですが,そこから市街へ戻るのに結構時間がかかりました.
出費を覚悟で初めてDoCoMoの携帯を使って約束の時間より遅れる旨を連絡.
結果,リンクをグルグルと二周もすることになってしまいましたが,
オペラ座で待ち合わせて無事に会うことができました(写真はオペラ座前の通り).
夕方の便で再びウィーンからミラノへ逆戻り.実は明日から各々がバラバラの行動を
とることになっていたので,母親と叔父とはマルペンサ空港でお別れすることに.
母親と叔父は,本日はミラノで宿泊しますが,母親は翌日からスイスへ向かい,
叔父はミラノを観光してからジェノバへと向かうとのこと.私はひとりバスでトリノへ帰宅.
また3日後にふたりがトリノへ戻ってこられるかどうか不安でたまらなかったのですが,
旅の疲れからか翌日になっても目覚めることなく,ひたすら寝続けるのでありました.
2010年10月8日金曜日
シェーンブルン宮殿
この日のメインはハプスブルク家の夏の離宮であるシェーンブルン宮殿.
これぞ宮殿という感じで,外観はバロック様式,内部はロココ様式になっています.
内部がロココ様式になっているのは,女帝マリア・テレジアの影響だとか.
こちらも1400室のうち,公開されているのは40室のみ.そんなに部屋があってどうするの?

こちらの宮殿内も撮影禁止でしたが,もう内部の様子は言うまでもないでしょう.
金の漆喰や,豪奢な彫刻,そして優雅なロココ様式.これでもか!って感じです(謎).


建物の中もいいのですが,見応えがあるのがきれいに整えられた庭園.

宮殿裏庭からのグロリエッテは.物語の世界にしかないと思っていた景色
が眼前に広がっている様は夢ではないかと見まごうばかり.

丘から宮殿を望む.後ろに見えるのはウィーン郊外の町並み.

迷路庭園もありました.簡単に抜けられるかと思ったら,意外と手こずらされました.
ひとりで裏庭を歩いていると,オーストリア人女性2名から日本語で話しかけられました.
聞けばウィーン大学で日本語を専攻している大学生らしく,
課題か何かで日本人にアンケートをとっているとか.
手慣れてなく,必死そうだったので怪しい勧誘ではないと察知し,
私も研究でアンケートをお願いしたりしているので,快く受けることにしました.
アンケートはウィーンに来たことがありますか?とかシュニッツェルを食べましたか?
とかたわいものないものばかりで簡単に終了し,最後に写真を撮られてお別れしました
(きっと課題をこなした証拠の写真なんでしょう).
その後,母親と合流して今晩の演奏の会場を地図で調べるも,いまいち場所がわからない.
さきほどのウィーン大学の学生に聞いてみようということになり,
もうひとり回答者を連れてきたことをダシにして場所を聞くも
彼女たちはウィーンっ子じゃないからわからないという.
母親は撮られた写真を送って欲しいとメールアドレスを教えたり,
勉強のために手紙を書いてみたらと住所を聞いたりして国際交流をしていました.
ちなみに私は一切何も聞いていませんからね(強調!)
というわけで,今晩はここシェーンブルン宮殿で行われているクラシックの
演奏会とディナーがセットになったものを事前にウェブで予約していました.
セットといっても音楽を聴きながらディナーを食べるわけではなく,
宮殿にあるレストランでディナーを食べた後に,別室で音楽を楽しむというものです.

コンソメスープ,上品な薄味.とても美味しかった.

メインの牛肉.味は...まあまあといったところでしょうか.

デザートのイチゴのムース.上に乗っているモーツァルトのチョコがかわいらしい.

ライトアップされたシェーンブルン宮殿.夜は開放されていないので,
ここでディナーを食べた人だけが味わえる特権なのかな?

演奏会はシェーンブルン宮殿で毎日開かれている観光客向けのもので,
さほど期待もしていなかったのですが,演奏の技術はしっかりしていました.
演目は前半がモーツァルト中心で,後半がヨハン・シュトラウス2世中心.
約2時間ほどの演奏なので,いいとこ取りになってしまいますが,
長時間クラシックに耐えたことがない私にとっては丁度よかったかもしれません.
時折音楽に合わせてバレエや歌が入るのですが,これはちょっと余計だったかな.
でも,どちらもかなりの腕前であったことは間違いありません.

最後はウィーンフィルのニューイヤーコンサートと同じく
拍手をしながらのラデツキー行進曲.ウィーンフィルの雰囲気を少しだけ味わうことができました.
これぞ宮殿という感じで,外観はバロック様式,内部はロココ様式になっています.
内部がロココ様式になっているのは,女帝マリア・テレジアの影響だとか.
こちらも1400室のうち,公開されているのは40室のみ.そんなに部屋があってどうするの?
こちらの宮殿内も撮影禁止でしたが,もう内部の様子は言うまでもないでしょう.
金の漆喰や,豪奢な彫刻,そして優雅なロココ様式.これでもか!って感じです(謎).
建物の中もいいのですが,見応えがあるのがきれいに整えられた庭園.
宮殿裏庭からのグロリエッテは.物語の世界にしかないと思っていた景色
が眼前に広がっている様は夢ではないかと見まごうばかり.
丘から宮殿を望む.後ろに見えるのはウィーン郊外の町並み.
迷路庭園もありました.簡単に抜けられるかと思ったら,意外と手こずらされました.
ひとりで裏庭を歩いていると,オーストリア人女性2名から日本語で話しかけられました.
聞けばウィーン大学で日本語を専攻している大学生らしく,
課題か何かで日本人にアンケートをとっているとか.
手慣れてなく,必死そうだったので怪しい勧誘ではないと察知し,
私も研究でアンケートをお願いしたりしているので,快く受けることにしました.
アンケートはウィーンに来たことがありますか?とかシュニッツェルを食べましたか?
とかたわいものないものばかりで簡単に終了し,最後に写真を撮られてお別れしました
(きっと課題をこなした証拠の写真なんでしょう).
その後,母親と合流して今晩の演奏の会場を地図で調べるも,いまいち場所がわからない.
さきほどのウィーン大学の学生に聞いてみようということになり,
もうひとり回答者を連れてきたことをダシにして場所を聞くも
彼女たちはウィーンっ子じゃないからわからないという.
母親は撮られた写真を送って欲しいとメールアドレスを教えたり,
勉強のために手紙を書いてみたらと住所を聞いたりして国際交流をしていました.
ちなみに私は一切何も聞いていませんからね(強調!)
というわけで,今晩はここシェーンブルン宮殿で行われているクラシックの
演奏会とディナーがセットになったものを事前にウェブで予約していました.
セットといっても音楽を聴きながらディナーを食べるわけではなく,
宮殿にあるレストランでディナーを食べた後に,別室で音楽を楽しむというものです.
コンソメスープ,上品な薄味.とても美味しかった.
メインの牛肉.味は...まあまあといったところでしょうか.
デザートのイチゴのムース.上に乗っているモーツァルトのチョコがかわいらしい.
ライトアップされたシェーンブルン宮殿.夜は開放されていないので,
ここでディナーを食べた人だけが味わえる特権なのかな?
演奏会はシェーンブルン宮殿で毎日開かれている観光客向けのもので,
さほど期待もしていなかったのですが,演奏の技術はしっかりしていました.
演目は前半がモーツァルト中心で,後半がヨハン・シュトラウス2世中心.
約2時間ほどの演奏なので,いいとこ取りになってしまいますが,
長時間クラシックに耐えたことがない私にとっては丁度よかったかもしれません.
時折音楽に合わせてバレエや歌が入るのですが,これはちょっと余計だったかな.
でも,どちらもかなりの腕前であったことは間違いありません.
最後はウィーンフィルのニューイヤーコンサートと同じく
拍手をしながらのラデツキー行進曲.ウィーンフィルの雰囲気を少しだけ味わうことができました.
シュテファン大聖堂+美術史博物館
朝食にスパークリングワインが出されていたので,思わず飲んでしまい,ほろ酔いスタート.

まずはウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂から.
残念ながら正面は工事中で垂れ幕が下がっていましたが,横からの屋根の模様は見応えあり.


内部はゴシックだけではなくバロックの様式もあってなかなかのもの.

この説教壇は石造りとは思えないほどの精巧さ.
大聖堂には北と南に2つの塔があり,北塔はエレベータ付き,南塔は300段超の階段ということで
私はもちろん南塔を選択.最初からわかってはいましたが,
階段は例によって狭くてひたすらグルグル回るタイプ.
最後のほうは息切れして太ももが痛くなってしまいました.137mはだてじゃないです.

展望台からの眺め.手前に見えるのが聖ペーター教会.ウィーンで2番目に古い教会です.
さて,下りようかと思った矢先,事件が起こりました.お腹の辺りが何だか冷たい...
ん?濡れてる.よくよく見るとバックのところから水がしみ出している.
マズイ,さっき飲んだペットボトルのキャップをきっちりと閉めてなかった.
時すでに遅し,バックの中は軽く水がたまっていて入れていたものがベチャベチャ.
あー電子辞書が!はい,液晶の中に水が入ってしまったようで,使い物にならなくなりました.
ただでさえ縁の薄い関係だったのに,これで私と伊語の接点は完全に絶たれてしまいました.
3万円もしたのに半年も経たず,あろうことか教会でお亡くなりに...合掌.

軽くブルーになりながら,再び王宮方面に向かい,美術史博物館を見学.
ここは,ハプスブルク家が収集した美術工芸品を展示した美術館です.
写真撮影は許可されているので,いくつかの名品をご紹介.

ブリューゲル「雪中の狩人」.世界最大規模のブリューゲルコレクションが所蔵されています.

フェルメール「絵画芸術」.モデルを前に筆を執る画家を描くという珍しい構図になっています.

少しわかりにくいですが,吹き抜けの壁に描かれたクリムトの作品.
他にもルーベンスやラファエロの作品が所狭しと並べられていました.

館内には絵画を模写する人の姿もチラホラ.
写真撮影もそうですが,欧州の美術館は日本に比べて自由な空気が流れています.
それだけ美術館が日常生活の中に溶け込んでいるのでしょうかね.

世界第5位を誇るコインキャビネットもありました.ある意味すべて地域通貨.
貨幣の系統樹を表したパネルもありましたが,それは撮るのを忘れてしまいました.
モッタイナイ!
まずはウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂から.
残念ながら正面は工事中で垂れ幕が下がっていましたが,横からの屋根の模様は見応えあり.
内部はゴシックだけではなくバロックの様式もあってなかなかのもの.
この説教壇は石造りとは思えないほどの精巧さ.
大聖堂には北と南に2つの塔があり,北塔はエレベータ付き,南塔は300段超の階段ということで
私はもちろん南塔を選択.最初からわかってはいましたが,
階段は例によって狭くてひたすらグルグル回るタイプ.
最後のほうは息切れして太ももが痛くなってしまいました.137mはだてじゃないです.
展望台からの眺め.手前に見えるのが聖ペーター教会.ウィーンで2番目に古い教会です.
さて,下りようかと思った矢先,事件が起こりました.お腹の辺りが何だか冷たい...
ん?濡れてる.よくよく見るとバックのところから水がしみ出している.
マズイ,さっき飲んだペットボトルのキャップをきっちりと閉めてなかった.
時すでに遅し,バックの中は軽く水がたまっていて入れていたものがベチャベチャ.
あー電子辞書が!はい,液晶の中に水が入ってしまったようで,使い物にならなくなりました.
ただでさえ縁の薄い関係だったのに,これで私と伊語の接点は完全に絶たれてしまいました.
3万円もしたのに半年も経たず,あろうことか教会でお亡くなりに...合掌.
軽くブルーになりながら,再び王宮方面に向かい,美術史博物館を見学.
ここは,ハプスブルク家が収集した美術工芸品を展示した美術館です.
写真撮影は許可されているので,いくつかの名品をご紹介.
ブリューゲル「雪中の狩人」.世界最大規模のブリューゲルコレクションが所蔵されています.
フェルメール「絵画芸術」.モデルを前に筆を執る画家を描くという珍しい構図になっています.
少しわかりにくいですが,吹き抜けの壁に描かれたクリムトの作品.
他にもルーベンスやラファエロの作品が所狭しと並べられていました.
館内には絵画を模写する人の姿もチラホラ.
写真撮影もそうですが,欧州の美術館は日本に比べて自由な空気が流れています.
それだけ美術館が日常生活の中に溶け込んでいるのでしょうかね.
世界第5位を誇るコインキャビネットもありました.ある意味すべて地域通貨.
貨幣の系統樹を表したパネルもありましたが,それは撮るのを忘れてしまいました.
モッタイナイ!
2010年10月7日木曜日
ホーフブルク宮殿
母親たっての希望で,イタリアではなくオーストリアに行きたいということだったので,
付き添いも兼ねて私も2泊3日でウィーンへ行くことになりました.
トリノからウィーンへの直行便がないため,ミラノ・マルペンサ空港までバスで移動.
そこからウィーンまではオーストリア航空を使って,1時間半のフライトです.
ミラノからウィーンまでの航空運賃は,なんと往復で130ユーロ(事前購入割引).
しかも機内ではサンドウィッチの提供やアルコールを含めた飲み物がタダで飲めます.
サービスも悪くなかったので,旅の選択肢の中にある場合にはお薦めのキャリアです.

ウィーン空港の中は広いのですが,外観は日本の地方空港みたいな感じ.
空港から街へはバスを使って往復11ユーロ.ホテルのあるウィーン西駅まで40分の移動です.
ウィーンカード(市内交通無料パス)とシェーンブルン宮殿の入場券が付いた
ホテルパックをネットで見つけていたので,ホテルでこれらのセットを受け取って
さっそくウィーンの旧市街へ移動開始.ホテルのすぐ近くに地下鉄の駅があったので,
旧市街まで5駅ほど離れていましたが,それほど移動は苦に感じませんでした.
ウィーンの地下鉄もきれいでまったく怖い思いをすることもありませんでしたし.

まず向かったのは王宮前のミヒャエラー広場.目と鼻についたのは,
観光用の馬車と馬の糞の臭い.馬車は趣きがありますが,糞はどうも...
でも,中世ではこれが日常だったんでしょうね.

門をくぐり抜けると右手にあるのがホーフブルク王宮.
650年もの間,ハプスブルク家の居城であった宮殿です.
約2600室あるうち公開されているのはたったの20室だけ.
いかにハプスブルク家の栄華がすごかったか,これだけで理解できます.


館内にも当時使われていた食器のコレクションがずらり.
どれも目を見張るものばかりで,何といっていいのか言葉出てこない状況.
館内では日本語のオーディオガイドを無料で貸し出してくれるので,
展示品の由来や説明を事細かに聞くことができました.
皇帝の住居も見ることができましたが,ここはトリノ同様撮影禁止.
時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は,皇帝でありながらも
かなりストイックな生活を送っていたと知ってビックリ.
朝3時に起きて,5時から執務を開始し,夜も遅くまで仕事に追われていたそうです.
しかもその生活を亡くなるまでまったく変えなかったとか.
ベットも鉄製の凄く簡素なものでしたし,サヴォイア家といいハプスブルク家といい
王様の暮らしに対する庶民的な固定観念がガラリと変えられました.

民族博物館や図書館が入っている新王宮.馬車と自動車でごったがしていました.

モーツァルト像.手前にある音符の花壇がとてもかわいらしかった.

威厳を持ちドーンと構えるのがゲーテ像.一緒に撮ったのですが,
私がちっぽけに見えたのでゲーテ像のみの写真にしておきました.

世界最高の音響設備を誇るとされる国立オペラ座.館内は見学しませんでしたが,
建物の前では中世の服装とカツラを被った客引きたちがしきりに
何やらチケットを売ろうと頑張っていました.

オペラ座の前では路上パフォーマンスの若い楽団が.
さすが音楽の都ウィーン,なかなかいい演奏していました.
夜はホテル内のレストランでウィーン名物シュニッツェル(ウィーン風カツレツ)をいただきました.
ボリュームがそこそこありながら,あっさりしててしつこくない味.
これにビールを一杯飲むだけで,この日はゆうにお腹がいっぱいになりました.
付き添いも兼ねて私も2泊3日でウィーンへ行くことになりました.
トリノからウィーンへの直行便がないため,ミラノ・マルペンサ空港までバスで移動.
そこからウィーンまではオーストリア航空を使って,1時間半のフライトです.
ミラノからウィーンまでの航空運賃は,なんと往復で130ユーロ(事前購入割引).
しかも機内ではサンドウィッチの提供やアルコールを含めた飲み物がタダで飲めます.
サービスも悪くなかったので,旅の選択肢の中にある場合にはお薦めのキャリアです.
ウィーン空港の中は広いのですが,外観は日本の地方空港みたいな感じ.
空港から街へはバスを使って往復11ユーロ.ホテルのあるウィーン西駅まで40分の移動です.
ウィーンカード(市内交通無料パス)とシェーンブルン宮殿の入場券が付いた
ホテルパックをネットで見つけていたので,ホテルでこれらのセットを受け取って
さっそくウィーンの旧市街へ移動開始.ホテルのすぐ近くに地下鉄の駅があったので,
旧市街まで5駅ほど離れていましたが,それほど移動は苦に感じませんでした.
ウィーンの地下鉄もきれいでまったく怖い思いをすることもありませんでしたし.
まず向かったのは王宮前のミヒャエラー広場.目と鼻についたのは,
観光用の馬車と馬の糞の臭い.馬車は趣きがありますが,糞はどうも...
でも,中世ではこれが日常だったんでしょうね.
門をくぐり抜けると右手にあるのがホーフブルク王宮.
650年もの間,ハプスブルク家の居城であった宮殿です.
約2600室あるうち公開されているのはたったの20室だけ.
いかにハプスブルク家の栄華がすごかったか,これだけで理解できます.
館内にも当時使われていた食器のコレクションがずらり.
どれも目を見張るものばかりで,何といっていいのか言葉出てこない状況.
館内では日本語のオーディオガイドを無料で貸し出してくれるので,
展示品の由来や説明を事細かに聞くことができました.
皇帝の住居も見ることができましたが,ここはトリノ同様撮影禁止.
時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は,皇帝でありながらも
かなりストイックな生活を送っていたと知ってビックリ.
朝3時に起きて,5時から執務を開始し,夜も遅くまで仕事に追われていたそうです.
しかもその生活を亡くなるまでまったく変えなかったとか.
ベットも鉄製の凄く簡素なものでしたし,サヴォイア家といいハプスブルク家といい
王様の暮らしに対する庶民的な固定観念がガラリと変えられました.
民族博物館や図書館が入っている新王宮.馬車と自動車でごったがしていました.
モーツァルト像.手前にある音符の花壇がとてもかわいらしかった.
威厳を持ちドーンと構えるのがゲーテ像.一緒に撮ったのですが,
私がちっぽけに見えたのでゲーテ像のみの写真にしておきました.
世界最高の音響設備を誇るとされる国立オペラ座.館内は見学しませんでしたが,
建物の前では中世の服装とカツラを被った客引きたちがしきりに
何やらチケットを売ろうと頑張っていました.
オペラ座の前では路上パフォーマンスの若い楽団が.
さすが音楽の都ウィーン,なかなかいい演奏していました.
夜はホテル内のレストランでウィーン名物シュニッツェル(ウィーン風カツレツ)をいただきました.
ボリュームがそこそこありながら,あっさりしててしつこくない味.
これにビールを一杯飲むだけで,この日はゆうにお腹がいっぱいになりました.
2010年10月6日水曜日
王宮に潜入
ロストバゲージのせいで大幅に時間を取られた私たちでしたが,
その日は,どうにかトリノの街をめぐることもできました.

今回,私も初めて訪れたのが王宮の内部.外観はいつも見ているのですが,
建物の中に入ったことはこれまで一度もありませんでした.
王宮は1865年までサヴォイア家の宮殿として使用され,
サヴォイア王家の王宮群は,1997年に世界遺産にも登録されています.

2階に歴史的な説明や貴重な品々が展示されていて,
3階からがヴィットーリオ・エマヌエーレ2世ら王族が生活していた空間になっています.
王宮内部は撮影禁止,しかも3階からは決められた時間に職員が解説しながら
移動するというツアーみたいになっており,最後尾には警備員も付いていました.
(写真は入口の部分で,ここなら写真は撮っていいと男性職員が言っていました)
残念ながら解説はすべてイタリア語だったので,どのような説明がなされていたのかは
まったくわかりませんでした.ただ部屋の様子や説明の単語から,王様の寝室,執務室,
子ども部屋などそれぞれの部屋がどういうものだったのかはだいたい把握できました.
確かに広い部屋や美しい内装だったのですが,生活自体は思っていたよりも質素
だったのだなという印象を持ちました.ヴェルサイユ宮殿のような派手さはありませんが,
トリノに来たらこのツアーに参加する価値は十分にあると思いました.

王宮から南に位置するサン・カルロ広場.別名「トリノの客間」と呼ばれています.
像を挟んで両脇にあるのが向かって左が「サンタ・クリスティーナ教会」で
右が「サン・カルロ教会」.右のほうが歴史が古く,左は後から建てられたものです.
シンメトリーにするのが好きだから後から付け足したなんてMatteoは言ってましたが
確かに形だけは双子のような教会です.ただ,よくよく見ると装飾に違いがあります.

国会議事堂として使われていたカリニャーノ宮殿.今は国立博物館として使われていますが,
現在は改装工事中です.中は通り抜けられましたが,勝手に入って良かったのでしょうか?

母親は生パスタやデザインの良いイタリア製の台所用品などを買っていました.
私もユニークなザルを買ってみました.使わないときは平べったいのですが,

使うときに中央を押すと,凹んでザルになるというすぐれものです.
夜はいつものPorta di Poでお食事に...行く途中に道ばたでMatteoとLauraに遭遇.
彼らに母親を紹介するという何とも気恥ずかしい場面に出くわしましたが,
彼らも母親が来訪するのを知っていたので,ちゃんと紹介できて良かったです.
さすがに外はもう寒いので,リストランテは室内だけの営業になっていました.
メニューも夏メニューから冬メニューに様変わりしていて,初めて見るものもありました.
残念ながら日本人スタッフはもういらっしゃらなかったですが,
オーナー(?)自ら英語でメニューを解説してくれました.
母親も叔父も満足してくれたようで,何よりでした.
その日は,どうにかトリノの街をめぐることもできました.
今回,私も初めて訪れたのが王宮の内部.外観はいつも見ているのですが,
建物の中に入ったことはこれまで一度もありませんでした.
王宮は1865年までサヴォイア家の宮殿として使用され,
サヴォイア王家の王宮群は,1997年に世界遺産にも登録されています.
2階に歴史的な説明や貴重な品々が展示されていて,
3階からがヴィットーリオ・エマヌエーレ2世ら王族が生活していた空間になっています.
王宮内部は撮影禁止,しかも3階からは決められた時間に職員が解説しながら
移動するというツアーみたいになっており,最後尾には警備員も付いていました.
(写真は入口の部分で,ここなら写真は撮っていいと男性職員が言っていました)
残念ながら解説はすべてイタリア語だったので,どのような説明がなされていたのかは
まったくわかりませんでした.ただ部屋の様子や説明の単語から,王様の寝室,執務室,
子ども部屋などそれぞれの部屋がどういうものだったのかはだいたい把握できました.
確かに広い部屋や美しい内装だったのですが,生活自体は思っていたよりも質素
だったのだなという印象を持ちました.ヴェルサイユ宮殿のような派手さはありませんが,
トリノに来たらこのツアーに参加する価値は十分にあると思いました.
王宮から南に位置するサン・カルロ広場.別名「トリノの客間」と呼ばれています.
像を挟んで両脇にあるのが向かって左が「サンタ・クリスティーナ教会」で
右が「サン・カルロ教会」.右のほうが歴史が古く,左は後から建てられたものです.
シンメトリーにするのが好きだから後から付け足したなんてMatteoは言ってましたが
確かに形だけは双子のような教会です.ただ,よくよく見ると装飾に違いがあります.
国会議事堂として使われていたカリニャーノ宮殿.今は国立博物館として使われていますが,
現在は改装工事中です.中は通り抜けられましたが,勝手に入って良かったのでしょうか?
母親は生パスタやデザインの良いイタリア製の台所用品などを買っていました.
私もユニークなザルを買ってみました.使わないときは平べったいのですが,
使うときに中央を押すと,凹んでザルになるというすぐれものです.
夜はいつものPorta di Poでお食事に...行く途中に道ばたでMatteoとLauraに遭遇.
彼らに母親を紹介するという何とも気恥ずかしい場面に出くわしましたが,
彼らも母親が来訪するのを知っていたので,ちゃんと紹介できて良かったです.
さすがに外はもう寒いので,リストランテは室内だけの営業になっていました.
メニューも夏メニューから冬メニューに様変わりしていて,初めて見るものもありました.
残念ながら日本人スタッフはもういらっしゃらなかったですが,
オーナー(?)自ら英語でメニューを解説してくれました.
母親も叔父も満足してくれたようで,何よりでした.
スリ!
カゼッレ空港からの帰り道,4番のトラムにて初めてスリに遭いました.
母親の大きなスーツケースが目立っていたので,旅行者だと思ったのでしょう.
肩掛けの小さなバックを前にして,ドア前に立っていると
横からやたらと近づいてくるヒスパニック系の太ったおっさんが.
そんなに混んでもいないのに何か嫌だなと思ってたら,
私のバックをちょこちょこ触ろうとしています.
手元はキャップで上手いこと隠しながら
隙を見て私のカバンを開けようとしているではありませんか.
バックの中には金目のものは何一つ入っていなかったのですが,
体を入れ替えたり,バックを思いっきり前に移動させたりして
がっちりガードしている...つもりでした.
ただ,降車する停留所がすぐだったので,
彼から完全に離れず時間をやり過ごした後に下車すると,
母親から「バック開いてるよ」との一言.
あれだけガードしたつもりだったのに,チャックが1/3ほど開けられていました.
事前に閉めたのを確認していたので,間違いなくさっきのおっさんです.
やられた!と思って中身を確認しましたが,幸いにも盗まれたのはありませんでした.
こちらが相当注意していても,まったく気づかせずにチャックを開ける技術,
敵ながらあっぱれですが,平和なトリノに安心しきっていたので,
最後まで警戒しなければならないと改めて思わされました.
それにしてもロストバゲージにスリ未遂,この日はよっぽどついてない一日でした.
母親の大きなスーツケースが目立っていたので,旅行者だと思ったのでしょう.
肩掛けの小さなバックを前にして,ドア前に立っていると
横からやたらと近づいてくるヒスパニック系の太ったおっさんが.
そんなに混んでもいないのに何か嫌だなと思ってたら,
私のバックをちょこちょこ触ろうとしています.
手元はキャップで上手いこと隠しながら
隙を見て私のカバンを開けようとしているではありませんか.
バックの中には金目のものは何一つ入っていなかったのですが,
体を入れ替えたり,バックを思いっきり前に移動させたりして
がっちりガードしている...つもりでした.
ただ,降車する停留所がすぐだったので,
彼から完全に離れず時間をやり過ごした後に下車すると,
母親から「バック開いてるよ」との一言.
あれだけガードしたつもりだったのに,チャックが1/3ほど開けられていました.
事前に閉めたのを確認していたので,間違いなくさっきのおっさんです.
やられた!と思って中身を確認しましたが,幸いにも盗まれたのはありませんでした.
こちらが相当注意していても,まったく気づかせずにチャックを開ける技術,
敵ながらあっぱれですが,平和なトリノに安心しきっていたので,
最後まで警戒しなければならないと改めて思わされました.
それにしてもロストバゲージにスリ未遂,この日はよっぽどついてない一日でした.
登録:
コメント (Atom)