2010年10月20日水曜日

大学院生の研究能力強化とは

橋本研ブログのほうに橋本さんから興味深い投稿があったのでコメントしようとしましたが,
書いているうちに長くなってしまったので,こちらに投稿することにします.

自分のまわりで,国際会議で招待されたり,欧米から院生やポスドクがやってくる人を見ていると,独創的で個性あふれるその人自身やその人がリーダーを務めるグループの研究で着目されている.その魅力に惹かれて院生やポスドクも来る.デュアルディグリー・プログラムをやっているとか,奨学金もらえるからということでは決してない.とくに博士課程の学生だったら,自分が所属している学校と相手先が提携校だからそこの大学院に進学しよう,というような「学校レベル」で志望するのではなく,こんな面白い研究をしている人の研究室で自分も研究したいと思うから,自ら行くのだろう.
橋本さんの投稿(2010/10/19)より引用


トリノ大でゼミや講義に参加していると,イタリアであっても,パリ大やイェール大など
さまざまな地域からさまざまな人種が集まっていることに驚かされます.
アジアからの留学生も多く,中国やインド系の学生はよく見ます.
残念ながら日本人学生はまったく見かけませんが.

トリノ大はイタリアの大学の中でも上位校と言われているので,
そのブランドもあるのでしょうが,やはりゼミのメンバを見てみると
受入研究者であるTerna先生の研究に惹きつけられて来る院生やポスドクが多いようです.

つまり「人」や「研究室」レベル.そういう人は当然ながら研究・目的意識が明確.意識が高い人が来ると,研究室のアクティビティが高まり,また自然に院生やポスドクが集まり,という感じでチームができてくるのでは.
橋本さんの投稿(2010/10/19)より引用


確かにイタリアでの院生の研究・目的意識は明確でレベルも高いです.
そもそもイタリアの大学は留年率が高く,卒業への道のりがとても険しいです.
なので学部生といえど,もの凄い勉強熱心で,教員のところにひっきりなしで質問にきています.
しかしながら,自然とチームが形成されるかというと微妙なところで,
結構個人プレーなところもあります.ゼミでの議論は極めて単調ですし,
端から見ていると,意図的に他人への研究に関与しないかのようです.
おそらく社会科学系という研究分野の性質も多分にはあると思いますが.

もうひとつ,以前JAISTのサポートボードミーティングでイタリアの大学では
日本よりも英語で行われている講義が少ないという資料がありましたが,
こちらの院生のほとんどは比較的流暢な英語を話します.
ドクター向けの講義はもちろん英語で行われています.
学部生であっても英語を話せる人は多いので,
英語の講義の数と学生の多様性はさほど関係ないのだと思いました.

JAISTが生き残るためには,SDプログラムや給付奨学金など
他大学も行っているような餌だけで優秀な学生を集めるのではなく,
ご指摘の通り研究者の魅力ある研究で学生を集めることも当然必要になってくると思います.
地理的な不便さや知名度の低さから優秀な学生が来ないと嘆く教員もいるかとは思いますが,
知名度を上げるのは教員の研究内容や成果にも多分に依拠してると思いますので.

大学の世界も完全にグローバル化し,世界中の優秀な学生確保が大学の生き残りの唯一の道っぽい感じになっている.日本はその点で大いに立ち後れている.
橋本さんの投稿(2010/10/19)より引用


優秀な学生の確保や教員の研究力向上は極めて重要なファクターでありますが,
在籍する学生の研究力の向上も当然無視できないファクターであると考えます.
私の浅はかな考えかもしれませんが,本学は他の大学がこぞって競う優秀な学生の確保よりも,
荒削りながら磨けば光るそんな学生を集めて教育をする,
そちらに特化した大学院として存在感を示すと
いうのもひとつの道なのではないかと思ったりもします.

国立大学も独法化され,交付金削減等で淘汰が始まっているさなか,
経営者側はそんな悠長なことを言ってられないのでしょう.
そもそも制度の枠組みをつくるのが大学院改革であって,
教育の現場は従来の意識を持ったままの教員に委ねられているのかもしれません.

本学の知識科学研究科はここ数年,知識科学を体系化すべく概論科目を創設したり,
講義にディスカッションを取り入れたりと講義ベースではめざましい改革が行われています.
しかしながら,研究活動に取り組み出すと,とたんに知識科学という概念が
どこかへ飛んで忘れ去られているような気がします
(講義の取り組みが始まったばかりというのもありますが).

研究科には3つの領域(社会知識領域,知識メディア領域,システム知識領域)があって,
それらは知識科学を形成する中で,いずれも欠かすことのできないものであるとされています.
概論では教員の研究成果からどのように知識科学が位置づけられるか考えるという
新しい試みがされているようですが(渡航後に行われていた講義は聴講していません),
学生の研究ベースで考えたときに果たしてその部分はどのように昇華されているでしょう.
多くの学生(私もそうでしたが)は,まだ知識科学を名目上の目的として捉えているでしょう.

学生各々の研究で知識科学がどのように位置づけられているかを認識するためには,
研究をしていないM1の段階だけではなく,研究が形になり始めたM2やドクターに
なってからも知識科学とは何ぞや?という問いかけを自己にしていかないとならないでしょう.
そのための提案として,講義だけではなく,領域や研究室を超えた学生同士の研究交流や,
研究科内の学生ポスター発表会もいいかもしれません.
できあがった研究成果よりも,どのような過程を経て知識科学と結びつけられたのか,
また自分の研究領域と異なる他の研究領域が自分の研究とどう繋げられるのか.
そんなことを考えられる場があったら知識科学と研究科全体が盛り上がっていくと思います.

私が今ぼんやりと考えていて実行したいのはドクターの学生へ
博士論文執筆過程をフィードバックする会です.
博士論文の書き方や心構えもそうですが,博士(知識科学)を得ることの意味や
それを得るために考えなくてはならないこと,そういう曖昧にしがちなところも
先駆者として後から続く者へ伝えていく必要があるのではないかなと考えています.

いまの私にできるのは全学・研究科全体のパフォーマンスをすぐに変えるマクロなものではなく,
ひとりひとりに自分自身で伝えて意識を変えていくミクロな活動だと思っています.
毎年やっている学振申請書検討会もそのひとつです.その結果,あらゆる"知"が創造され,
少しでもJAIST全体の研究活動が活性化されれば私としては嬉しい限りです.